2017年1月10日放送の「マツコの知らない世界」にあの小室哲哉さんが登場します。

前日ワクワクして、小室祭りで朝になったというマツコ

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1億7千枚売るとどれだけお金が入ってくるの?

数々のヒット曲を生み出した小室哲哉
マツコがいくらのお金が入って来るの?と質問しますが、いくらだったか明言は避けられました。
自分自身が作った曲が自分自身を超えてしまいました!と明言が飛び出しました。
マツコもウワッ言ってみてぇ~
1972年生まれの小室哲哉58歳です。

出身地は東京都
25歳の時にTM NETWORKの一員としてデビューしました。

27歳で渡辺美里に提供したMy Revoltonが大ヒット

24歳trfがデビューして音楽プロデューサーとしてブレイクします。
36歳globeデビュー
翌年に初アルバムのglobeが当時の日本音楽史上最多453万枚以上を記録しました。

41歳沖縄サミットの総合音楽プロデューサー就任
落ち着く時間は、オンラインゲーム・海外・ファミレス

TM好きな人はお洒落さんですねとマツコ
学級委員だったかな?
話しがぶっ飛ぶ小室哲哉

TMがザ・ベストテンに初登場
その時のVTRを一緒に見ます。

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SWEET 19BLUESの秘話

安室奈美恵が18歳の時に曲は出来上がっていて実際に19歳の時に歌いました。
ジャケットの秘話を説明
1~4のジャケット写真の種類があったと説明する。

最初の100万枚が顔
2が手
3が髪をかきあげる安室奈美恵
4番の足

この頃アムラーという現象があってブーツを履くのが流行りましたが
曲のシチュエーションに合わなかった。
そこでサンダルを履いてもらう事になったという。

1~3はもうプレイスしなかったという。
ジャケットも小室哲哉がプロデュースしていたという。

1996年4月15日オリコン週間シングルランキング

1位~5位まで全てが小室哲哉のプロデュースの歌手の曲で埋まっています。

エイベックスの社長から来週ちょっとヤバイですと連絡が入ったとか

I’m proud

華原朋美の歌がヒットした理由
セレブ感です

こんなゴージャスな歌はないと絶賛するマツコ

使われている楽器が半端ないです。
マライヤ・キャリーになりたいと言った華原朋美。
私もおマラが好きなのと言って笑いを誘うマツコです。

IBELOEVE

IBELOEVEをピアノで弾く小室哲哉です。

I’m proudからIBELOEVEの流れが凄いと思う。
I’m proudの後も落とさないようにしたという。

あんなに壮大な歌なのにいちごとか言うんですよね?
と歌詞も詳しく知っているマツコです。

華原さんの意見を取り入れています。

実は詞が気に入らなくて書き直していた事を告白します。

「I’m proud」1996年 作詞作曲は小室哲哉

I’m proud 届きそうでつかめない いちごの様
甘く切ない事 夜中思い浮かべてた

ひとつふたつ消えてゆく家の明かり 数えていた

夜中で寝る場所なんてどこにもない
身体中から涙こぼれていた

※耳コピのため誤字脱字はご容赦ください。

EZ  DO DANCE

TRF

ヒットの理由はターゲットをホロ酔いの大人にした事

どうしても聴いたい事があるというマツコ
CHIHARUとETSUを入れた理由
マツコはこの二人が大好きなんです。
あの感じ絶妙!

大人をターゲットした事がヒットの原因

熟考で人材を確保しているという。

第26回日本有線大賞では新人賞を受賞しました。

篠原涼子もプロデュース

いとしさとせつなさと心強さと
篠原涼子
小室哲哉の中で3番の中に入る曲だという。

当時篠原涼子は東京パフォーマンスドールに所属していました。

この曲は篠原涼子で行くって決まっていたのか?
小室さんが篠原涼子で行くって決めたのか?

マツコが突っ込みます。
僕が選んだ!
そうなんですね!

熟考したんですか?
直感ですか?

ダウンタウンさんの所で相当鍛えられていたので色々無理言っても大丈夫だって
(篠原はダウンタウンのバラエティ番組にレギュラー出演していました)

愛しさと~

この3分の間に

「私の全てを見て!!」って感じ

 

エネルギーがすごかった。

この曲に駆ける彼女の迫力がすごかった。

嫌われない声?
小室哲哉さんは好かれる声の歌手よりも、嫌われない声の歌手を選んでいたという。

上手くは歌わないでと頼んであったという。

その後じょゆうさんになっちゃいましたね。

誰かになりきるのは上手だと評価する小室哲哉です。

90年代の小室哲哉のライバルは?

つんくでした。
メロディが良かったり
歌詞が良かったり。

小室哲哉に品胎を考えさせたアーティストとは?

やっぱり自分の数字を超えるのが難しくなってきた。
分からない中でどうしようかなと思っていた矢先に起きたという・・
お正月のCMで98年だったかな?
異常な数の出向があったという。
宇多田ヒカルさんです。

マツコも音楽は分からないけど、新しいな~って思ったもん。
マツコでさえもあ~なんかこうもう私違うんだ~って思った。
生まれた時から英語っていうのも聴いて
デビュー曲も何回聴いても詞がわからない
何から何まで自由で羨ましいなぁと思った。

これほどやられた感はない!
それでももう20年前の事なんだから~って慰められるのでした。

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